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 瞼を越えて挿し込む日差しは柔らかく、私の駆体はそこからまた始まった。目覚めていく我が肉。定められた時間軸に寄り添う、シリンダに浮かぶ浮きのような、存在。暁美ほむらと言う個体名の魔法少女は瞼を開き、身を起こすと、眼鏡を投げ捨てた。三つ編みの髪を解く。そして、変身。
 魔法少女を概念的に規定する中枢構造体であるソウルジェムは基準宇宙世界における第六銀河系の知的生命体――身体の一部を五次元空間に格納した超低温知性体――が開発した技術体系であった。精神活動の原動力である意識存在の媒介要素を三次元空間に抽出、固定化することによって物質文明への技術提供を可能としたものであり、その目的は基準宇宙世界のエネルギー問題解決だ。ある種の波として認識することの出来るソウルジェムはある種の質量を持ち、重力を保持している。その操作によって熱力学的に死へと向かっているエントロピーを解決しようとしているのだが、それはある時間軸に置いて阻害されていた。時間操作能力を備えた魔法少女、暁美ほむらがそれを行っている。
 ソウルジェムに格納されていた戦闘用データがダウンロードされ、駆体を包んだ。変身完了。魔法少女は左下腕部に装備されているシールド・ユニットを操作、時間操作能力起動。クロック・ストップ。数えられぬほど繰り返した初動の武器調達時間を、紫の魔法少女は黙々と行う。このタイミングがおそらく重要なのではないか、と暁美ほむらの意識を保持していた頃は考えていた。暁美ほむらは武器を魔法によって生成する事が出来ない。それは全て時間操作能力に費やされていた。時間操作能力そのものが武器であるという見方は、しかし実際の戦闘に置いて無意味な視点であり、しかしながら暁美ほむらの能力は応用によってそのシールド・ユニット内部に空間的広がりを持ち、その中に火器を収納、状況によって使用する事を可能にさせた。言わば暁美ほむらの直接火力はこの火器収集の期間が決めると言ってよく、それに対して能力の使用を控える事はしなかった。銃火器と手榴弾類を中心に、手持ちで操作可能な火器を収集する。半固定式の火器以上の物は意味が無い。それらは人体の強化であり、それらはすでに行われている。魔法少女の駆体、人の言う身体、それは、現在から見て向こう二百年余の太陽圏文明には破壊不可能な強度だ。
 時間操作能力終了。クロック・オーバー。ソウルジェムからのリンケージは問題なし。シールド・ユニット、稼働問題なし。駆体、機能問題なし。チェック完了。戦闘機動状態に以降。再び時間操作能力起動、クロック・ストップ。街の各所にインキュベーターの端末を目標にしたブービートラップを仕掛け、次いで南下を開始した。グリーフシードの確保をしなければならない。魔法少女主観時間軸にして三十五分後、三滝原市の南南西150kmに位置する街を担当する魔法少女が魔女化、これを撃破。そこから北西に移動した町でもう一体の魔女化した使い魔を撃破、グリーフシードを確保し、帰還。クロック・オーバー。
 暁美ほむらと言う個体識別名の魔法少女はそこでようやく一息ついた。最適化された行動は客観時間に置いて5分を未だに経過していない。輝きをわずかに濁らせたソウルジェムをグリーフシードによって浄化すると、魔法少女は次の行動に移った。それはもはや思考を必要とせず、パターン化された動きはある種の達観を感じさせる。それは、だが当然だった。暁美ほむらと言う少女がどこに残っているのかと言えば、それは難しい質問であり、そしてそれに対する返答を紫色の魔法少女はいともたやすくしてしまうだろう。それもまた、パターンなのだ。
 八千六十七回目のループはこのようにして始まった。


***


「アンタ、何者なんだ」
「魔法少女」
「ケッ」ごほ、と佐倉杏子の口からこぼれた血の塊は、腹部を貫き壁面へ貼り付けにさせるサーベルが原因だった。サーベルの持ち主である魔法少女、美樹さやかは、すでにソウルジェムを槍の穂先に砕かれ事切れている。
「なあ、アタシがこう言うのもなんだけどさ。アンタ、信じるためには信じられるための行動をしなきゃだめだぜ」
「必要ない」
「なんでだ」
「魔法少女だから」
「ッハ。魔女め。あばよ」
 暁美ほむらの手にあったハンドガンが一発の銃弾を佐倉杏子の胸元、ソウルジェムを砕く。佐倉杏子、破壊完了。
 美樹さやかの処理は重要な問題であった。不確定要素を出来る限り排除し洗練させた結果、鹿目まどかに気付かれぬよう破壊することが必要だ。その為には関連して佐倉杏子の処理を必要とした。手順を間違えると、どちらかが魔女化する。今回は上手くいったようだ。
 今までの中でもっとも理想的な時間軸の進行であった。インキュベーターが大出力の中継端末を使用し、鹿目まどかに対して強制的に接触、契約するには条件を満たしていない。そのようなもの、彼らが条件によって行動する、ある種の知性を保持した機構的存在であるのは判然している。
 目的は何であるのか、というのは彼らにとって明白だった。しかし暁美ほむらと呼ばれる魔法少女の目的を彼らが理解する事は出来ない。それは、対話や交流でどうにかなるものではない。分かり合うということは本質的に無意味であり、重要なのはそれに対して自らがどのように動くのか、という事だった。魂はそれによってエネルギーの配分を決める。インキュベーターはしかし、敵ではない。インキュベーターに可能なことは魂の抽出であるが、それは完全なものではなかった。完全なものではないというのがどのような立場からの視点で語られているのかはこの時間軸に置いては未だに不明だが、しかし、不完全なのだというのは厳然たる事実だ。インキュベーターはそれを認めることはない。それを認めるということは、彼らの寄るべき基準宇宙世界の前提が間違っているということであり、それはあり得なかった。客観的に見て、インキュベーターの認識は合っている、が、主観的時間軸を操作する暁美ほむらという魔法少女に置いては、違っていた。
 違っているからこそ、幾度も繰り返すのだ。八千回以上のループを繰り返した結果、客観的時間軸にどれほどの影響が現れるかなど知ったことではなかった。その目的は、ひとつ。
 鹿目まどかを、魔法少女にさせない事。
 即ちそれは、基準宇宙世界の破滅を意味している。
 暁美ほむらと呼ばれる紫色の魔法少女は、それを把握している――鹿目まどかの内包エネルギーは特異点レベルに位置しており、それを開放、回収することが出来ない場合、反証的この宇宙は熱的死を迎えるだろう。だが、そんな事は紫色の魔法少女に関係はない。
 今回こそは、と魔法少女は二つの死骸を後に、思う。目的を達せられるのだろうか。


***


 瓦礫。
 海。
 空。
 そして、鹿目まどかのソウルジェムを媒介に起動した、魔女。
 紫色の魔法少女はシールド・ユニットに手を掛けた。今回も、ダメだった。だから次に行く。すでにその心はこの時間軸にない。
「聞きたいことがあるんだ、ほむら」
 瓦礫の上に座り、こちらへ視線を対峙させて、インキュベーターの端末は問いかけた。
「君は何がしたかったんだい?」
「鹿目まどかを魔法少女にさせない。それが私の目的」
「それは、ウソだよ。君は本当の目的を隠している」
「そんな事はない」
「ほんとうに、それだけを教えて欲しいんだ」
 暁美ほむらと呼ばれる魔法少女は、インキュベーター端末にその視線を合わせた。何を言っているのか分からない。
「何を言っているの?」
「君がまどかの契約をさせたくない、という目的で動いていたのは把握できた。それに対する理解は未だに出来ていないけれど、問題はそこではないんだ。君の行動は、まどかを契約させない事それだけを目的にしているとは思えない。僕は問いを投げかけたいんだ。『なぜ、鹿目まどかを死なせたくないの?』」
 それはほむらの中に答えのない問いだったが、その理由は明白だった。
「私は、鹿目まどかを魔法少女にさせない。それ以外に、目的はない」
「その目的はどうすれば達成させられるんだい? 君の時間操作能力は万能だけれど、事象変動能力があるわけでもない。君の行動シミュレータを算出してみたけど、まどかが魔法少女になるのは確実だ。まどかは魔法少女に為るために存在していると言い換えてもいい。それが何故か説明するのは、君の知識量と僕の翻訳能力では難しい。ただ、表現可能な単語はある。それが必然(ネセサリー)なんだよ」
 インキュベーター端末の言うことは正しい。しかし正しいからと言って止めることは出来なかった。暁美ほむら、かつてそのように呼ばれていた少女は、今では紫色の魔法少女に過ぎなかった。その祈り、希望と絶望の相転移による出力は、インキュベーターの見る所ほとんど無い。フラットだ。希望と絶望が、彼女の中では一緒になっている。それは水を満たしたシリンダの中で上下する浮きのように、落ちる事も浮かぶこともない。固定化された魂はその出力を解放しない。
「君は」インキュベーターは言葉を重ねる、「我々に似ているね」
「どういう事」
「僕たちは感情を持たない。感情というものがこの惑星の知的生命体にとって重要な要素であることは、嫌というほどわかった。だが、君はそれを持たないんだね」
「そんなことは、ない」
「その否定は君の言葉ではないだろう、暁美ほむら。魔法少女は本質的に僕らに近い存在ではあるが、それを否定する唯一の材料はそのソウルジェム、魂の物質的容器だ。それが、その活動が君たちを知的生命体たりえる存在として規定している、と言ってもいい。だが、君は違う。君は暁美ほむらではなく、魔法少女でしかない」
「それが、どうしたの」
「君には関係の無い事だろうが、僕にとっては、そして君以外にとっても、それは重要な問題に為る。君がイレギュラーなのは、その目的だけではない。存在基盤を魔法少女に置いている事だ。もちろん、それは魔法少女である限り必要なことだけど、それでも元の存在は確保され、ソウルジェムのドライブに必要とされる。君の場合は、その元の存在、暁美ほむらが、居ない。それは、非常にまずい」
「私には関係がない」
「鹿目まどかには関係するだろう」
「……何が言いたいの?」
「自分を思い出すんだ、ほむら。魔法少女でしかないと定義された君は、この宇宙に置いて異質だ。君たちに分かる言葉で言えば、それは因果律をねじ曲げる。君たち一人ひとりに課せられた宿命が乱れる。時間軸を操作する君はその能力だけで基準宇宙世界の反発作用によって外部時空へと弾きだされてしまうだろう。そうなれば死にかけたこの宇宙は耐えられない。そのまま、崩壊する。だから、魔法少女でしかない、と言う定義は、してはいけない。暁美ほむらとして目的を達成するんだ。それだけを君にお願いしたい」
 それはある種の要請であり、懇願であり、取引であった。心配しているのか、私を、という言葉は出てこない。いや、おそらくその通りなのだ、というのは、分かる。だが、それを認めたくはなかった。インキュベーターに言葉は通じない。通じているようにみえているが、その実は違うのだ。だから、この会話もおそらくはインキュベーターの意図した所の半分も伝わらず、同じように自分の意図の半分も、インキュベーターには伝わっていないのだ。
 それは別にインキュベーターに限ったことではないのだ、と暁美ほむらと呼ばれる魔法少女は思い出した。忘れていたが、そんな事は人同士でさえ起こりうる。自分でさえも、それは当然だった。自らを伝えることが出来ないのであれば、伝える必要はない。そのようにしてきたが、それではダメらしかった。
 インキュベーターを信用は出来ないが、その言葉が間違っていた事はない。
「それをしない事で、貴方にどんなデメリットがあるの」
「この宇宙が崩壊するのは、十分にデメリットだとおもうんだけど」
「質問を変える。私はこれから過去に飛ぶ。その時、私が暁美ほむらという個性を保持したままなら、私はどのような都合の良さを感じるのか、言え。シミュレータはあるんでしょう」
「鹿目まどかとの契約が出来なくなる可能性が出てくる」
「……なんですって?」
「君は、おそらくだけど」インキュベーターの視線は変わらない。海風は魔法少女の黒髪を揺らし、波間を白く揺らす、そしてその遠く、はるか遠く、魔女はその身体を天に伸ばして、そして世界を終わらせている最中だった。
「間違えていたんだ。そしてそれは、僕達もだ。まどかから得られるエネルギーはたしかに莫大だったけれど、こうなってはもう意味が無い。鹿目まどかであった魔女の保持するエネルギー総量はこの宇宙を凌駕して、内側から破裂させるだろう。僕たちは、ほむら、間違えていたんだよ。
だから、僕の祈りを聞いてくれ、ほのか」
それはインキュベーター端末を通しての、宇宙の声だ。
 破滅を呼ぶ存在への、祈り。
「暁美ほむらに呪いあれ。暁美ほむらに祝いあれ。暁美ほむらが存在を続け、暁美ほむらが絶え果てんことを」
「それは契約?」
「そうとってもらっても、構わない」
「契約は」紫色の魔法少女は、その瞳を動かさない。「完了した」
 シールド・ユニットのトゥールビヨンが駆動する。時間操作能力起動。
 タイム・リープ、スタート。


***


 瞼を越えて挿し込む日差しは柔らかく、私の駆体はそこからまた始まった。目覚めていく我が肉。定められた時間軸に寄り添う、シリンダに浮かぶ浮きのような、存在。暁美ほむらと言う個体名の魔法少女は瞼を開き、身を起こすと、眼鏡を投げ捨てた。三つ編みの髪を解く。
 そして、一息ついた。
 手の中にあるソウルジェムは、輝きを鮮やかにしている。それを額に当て、
「私に呪いを。
 私に祝いを。
 私が存在を続け、
 私が絶え果てんことを」
 契約、復唱。魔法少女は――主観時間にして久しぶりに暁美ほむらへと復帰した少女は、目的のための行動を開始した。
 
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